学位論文

一人称ライフログを用いた心身活動の理解

Abstract

本論文は,長期的な一人称視点映像(以下,一人称ライフログ映像と呼ぶ)に映り込む外的情報に基づいた任意のユーザ(以下,当人と呼ぶ)の内的状況の可視化に取り組む.小型のカメラを身につけて行動することで,カメラ装着者である当人の外的情報が記録される.例えば,当人の対話相手などが外的情報として一人称ライフログ映像に記録される.我々は,これらのような外的情報には,当人の内的状況が与える周囲への影響が関係していると考えている.このアナロジーにより当人の外的情報に基づいて,当人の内的状況を推測し可視化する.なお,ここで扱う内的状況とは,当人の興味関心度など精神的なものである.本研究では,人と関わる活動への当人の興味関心度と満足度,疲労度に焦点を当てる.以下,2つの具体例を挙げて見通しを示す. 1つ目は,他者との対面時の当人の参与度を時間方向に積算した値を社会活動量と定義して計測する.本研究で計量を試みる対面的な社会活動とは,実空間における対面状況において他者と何らかの関わり合いを持つ行為全般を指す.社会的な場への関わりの度合い(つまり,発話したり積極的に共同作業に関与する度合い)を,本研究では対面的な社会活動への参与度と呼ぶ.対面時の参与度を簡素な方法で定量化することを目的として,一人称ライフログ映像中の顔を検出してカメラ装着者の社会活動を計測する「顔数計」を提案する.顔の個数を数え上げるだけでは,雑踏での他者との遭遇や,特定の人物との密な対話を同一に扱ってしまう.そのため,距離の近さと時間継続性により重み付けをすることで,対面的な社会活動の種類を数え分けることを行う.対面時の発話量やジェスチャなどの計測をせずに,映り込む顔の検出パターンに基づいてカメラ装着者の参与度を定量化し,日々の対面的な社会活動を数え分けて計測することが本研究の特徴である.次に,顔数計を用いた主観評価実験を行い,社会活動量が多いと感じる傾向がある状況を調査した.結果から,発話やジェスチャそのものを計測せずに,カメラ装着者が主体的な行動をした際に向く相手の顔を検出することで社会活動量を計測できることが示唆された.加えて,当人が意識的に人と関わり合おうとする主体性を考慮して社会活動量を計測するためには,距離の近さと時間継続性を考慮することが重要であることがわかった.また,カメラの画角を広げることで,立ち位置が正面ではない対面時の参与度の計測を改善できることが示唆された.最後には,応用例として一人称ライフログ映像からの顔検出に基づいて日々の対面的な社会活動を計測した結果を可視化するシステムへの応用を検討した.日々の行動から対面的な社会活動を数え分けて計測した結果を数値やグラフとして可視化すると,1日や1週間の中で,人とのすれ違いと持続した対面を見分け,社会活動量を時間帯や曜日に紐付けて客観的に把握することができる.生活の中で意識することが難しい自身や他者の対面的な人との関わり合い方の傾向を知る手掛かりになると考える. また,人と対面的な関わり方を調整するきっかけを提供するための「顔数計」を生活環境下で使用できるように,インターフェース設計と社会活動量を振り返るWebアプリケーションの開発に取り組んだ.顔数計とWebアプリケーションから構成される本システムにより,人と関わろうとする動機付けを促進するのみならず,個人に合わせた適切な人との関わり方の発見を促進することも目指した.実生活の中で,運動をし過ぎると疲れるように,人と関わり過ぎると疲れやストレスを感じる傾向があるためである.本システムの運用として,実際に同研究室2名に数日間,顔数計を利用してもらった後に,日々の人との関わり方を被験者2名で一緒に振り返ってもらった.その結果,自身の行動に対する発見や他の人とスコアをもっと比べたいなど,システムに対して肯定的な感想が得られた. 2 つ目は,我々が開発した社会活動量計である顔数計を身体活動量計と併用することで,当人の様々な日常活動を二次元平面上で分類後,可視化し,当人の気づきを調べる.ライフログから生活を見直し,満足度の向上や疲労度の軽減のような心身の健康につながる過ごし方,指標の発見を期待している.スマートウォッチから得られる身体活動量と,胸元に装着する顔数計から得られる社会活動量の大小から日常活動の分類を行い,可視化された結果から気づきを得る.大学院生である著者自身の日常活動を計測した結果に対して階層型クラスタリングを行なった.その結果,当人にとって,身体活動量と社会活動量の両方を一度にバランスよく得られる活動グループ,身体活動量が得られる活動グループ,社会活動量が得られる活動グループ,どちらも控えめな活動グループの計4グループに分類された.そして,身体活動量と社会活動量の二次元平面にプロットし,活動ごとの傾向を分析した結果,共同作業をすると簡単に両方の活動量が得られるなどの発見が得られた.次に,個人差について調べるために,3名の同一空間上における活動について,二次元平面にプロットし,活動ごとの傾向を分析した.3名の活動がマッピングされる二次元平面上の位置は,個々人で値の大小の差異,つまり個人差があった.一方,3名の活動は,身体活動量と社会活動量の両方をバランスよく得られる活動,身体活動量が得られる活動,社会活動量が得られる活動といったグループに該当する傾向が見られた.次に,身体活動量と社会活動量の遷移を可視化する応用例について議論するために,上記被験者3名に含まれた1名の半日の身体活動量と社会活動量を取得し,遷移を可視化した.身体活動量と社会活動量の両方が移り変わる様子を数時間単位で可視化することで,当人の活動リズムやバランスを知るための手掛かりになるのではないかと考える. 最後には,本研究を通して見つかった新たな課題に対する展望について述べる.対面対話する際の立ち位置に関する議論,心身活動の個人差に関する議論,プライバシーに関する議論,一人称ライフログ映像に関する議論について述べる.

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Information

Book title

公立はこだて未来大学大学院 システム情報科学研究科 博士論文

Date of issue

2023/01/16

DOI

10.15044/0002000019

Citation

奥野 茜. 一人称ライフログを用いた心身活動の理解, 公立はこだて未来大学大学院 システム情報科学研究科 博士論文, 2023.